"It's NOT a small world!!" 18からのバックパッカー

18からのバックパッカー 海外旅行紀

天空の楽園 アンコール・ワット

こんにちは!昨日も寝落ちしちゃったんで今のうちに更新したいと思います!

昨日訪れたのはカンボジアで最も有名な観光地、アンコール・ワットアンコール・ワットで朝日が昇るのを見るために昨日は4時45分出発でした。案の定寝坊して起きたのが4時47分。さすがに焦った。アンコール・ワットの1日券の価格は37$!めちゃくちゃ高いです。これを買えばアンコール・ワットとアンコール・トムの寺院は全て中に入ることができます。

この日のスケジュールはアンコール・ワットで朝日を見て、昼間はアンコール・トムの寺院などを訪れて、最後にプノン・バケンというサンセットで有名な寺院を訪れるという計画。夜の7時くらいまでかかる予定やった。ただこの計画はあまりにもハードスケジュールやった。こっちに来て一番歩いた日やった気がする。しかも天気が良かったのは良いがやけどめちゃくちゃ暑かった。

トゥクトゥクに乗って4、50分くらいでアンコール・ワットに到着。寝坊して出発が遅れたせいか、着いた頃には朝日も昇りかけちょった。

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アンコール・ワットどんなもかと期待しちょったけど、やっぱり水面に写るアンコール・ワットは幻想的で美しかった。東南アジア旅行に行くって決めた時、絶対アンコール・ワットにだけは行こうって決めちょったき、ちょっと感慨深い。ただ観光客の数はほんとに半端なかった。

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みんな朝日とアンコール・ワットの写真を撮るために必死で場所取り。この時はもう既に朝日は昇っちょったけど、その前まではもっとやばかった。

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せっかくなんでアンコール・ワットに潜入する前にジョーダンしながら写真撮ってもらいました。ほぼ1ヶ月くらい練習してないけど以外とできる。

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というわけでアンコール・ワット内部に潜入。これは『ラーマーヤナ』という古代インドの叙事詩の壁画。ラーマーヤナヒンドゥー教聖典の1つらしいです。

アンコール・ワットの建造者はスールヤヴァルマン2世。ヒンドゥー教の寺院として建てられました。ヒンドゥー教三大神のうちのヴィシュヌ神に捧げられた寺院であると同時に、スールヤヴァルマン2世のお墓でもあるそうです。スールヤヴァルマン2世はヴィシュヌ神と一体化するために、天界(宇宙、ヒンドゥー教観では宇宙に神々がいると考えられた)を模したアンコール・ワットを作りました。ただ、アンコール・ワットはただヴィシュヌ神を祀るためだけに作られたのではなく、スールヤヴァルマン2世が正当な王の後継者であることを証明し、強大な権力を誇示するために作られたものでもありました。アンコール朝が滅亡した後は、なんとこのバカでかい寺院が一時期忘れ去られていたそうです。確かにジャングルの奥地にあったとはいえ、、、信じられん。再発見されたのは約150年前、フランス人によって発見されたそうです。カンボジア内戦時にはクメール・ルージュによって像の首が落とされるなど、破壊も行われたそうです。

この辺で話を戻します。

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アンコール・ワットにはお猿さんも何匹かいました。さすが密林の中にあるっていうだけのことはある。鳥の鳴き声なんかもいっぱい聞こえて、自然の中に急に現れる不思議な遺跡って感じでロマンに溢れてます。トゥームレイダーの撮影地に選ばれたのも納得。

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これは第一回廊の写真。アンコール・ワットに入って最初の回廊では、レリーフを鑑賞できます。一辺600メートルほどの回廊の壁、全てに様々な伝説を描いたレリーフが存在します。神々の戦いだとか、天国と地獄だとか、スールヤヴァルマン2世の武勇伝だとか。背景を知ってるとすごく楽しいと思います。自分はあんま分からんかったけど。

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第一回廊を抜けて一歩内部へ進むと、こんな感じの穴が4つありました。これは沐浴を行うための池だそうです。古代、水を支配することはとても重要だったらしく、地上よりも高い位置に貯水できるという技術をアピールしたかったんですね。

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アンコール・ワットの中央塔にも登ることができます。っていうかアンコール・ワットの尖塔って3本のイメージがあるけど本当は5本あるそうです。四方に4塔あって真ん中に1塔。どの角度から見ても3塔に見えるやうに設計されてるらしい。

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階段はこんな感じで80度くらいあるんちゃうかと思いました。

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上からはアンコール・ワットの外を一望できます。上の方にみえる白い丸は気球です。

というわけで、アンコール・ワットの紹介を1つ1つしてたらキリがないのでこの辺にしときます。でも本当に面白かったのはこれから!アンコール・ワットの他にもシェムリアップには様々な寺院があります。

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次に訪れたのはタ・プローム。ここはラピュタのモデルになった場所と言われてます。ジブリ作品の舞台になったとか言われてる場所って結構あるし、あんまり期待はしてなかったけど、行ってみるとその「ラピュタ感」に驚かされました。この寺院はいろんな場所が崩れていたり、巨大な木に寺院が押しつぶされていたり、退廃的な雰囲気があってノスタルジックです。それでいて鳥の鳴き声がうるさいくらい聞こえて、ほんとに自然の生命力を感じられる場所。

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いやほんとにラピュタっぽかった。大満足。

この時まだ11時くらいやったがやけど、もはや疲労がすごかった。この後もいくつかの寺院を訪れたんやけど、ふらふらのままひたすら歩き続けました笑

寺院を全部紹介できないんで印象深かった場所だけ写真を載せます。

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一番すごかったのはここ。貯水池の奥に寺院があったがやけど、寺院よりもその周りの景色がすごかった。

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水面に木や雲の影が映って、ウユニ塩湖みたいな感じ。

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あと面白かったのがお土産を売ってくる子供たち。この時はマルバツゲームで負けたらお土産を買わせようとしました。勝負に挑んだのは一緒に行動していたサン・ウさん。昨日言ってた大阪市立大学の方です。なんかこのゲーム先行は絶対に負けんらしい。それをもちろん知ってる子供たちは絶対に先行から始めます。しかも1回目はわざと引き分けにして2回目で勝ちにくるというしたたかさ。もはやギャンブルのプロ。

観光客向けのお土産を売ってる子供たちはたくさんおって、何歳か聞いてみたら10歳とかって言いよった。学校には言ってないって言ってました。やっぱり貧しい人も多いがやろーな。

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あとはアンコール・トムのバイヨン寺院にも行ってました。アンコール・トムはジャヤヴァルマン7世が建造。この寺院は仏教寺院です。どっから見てもブッダが微笑みかけゆうように見えるらしいです。

そして最後はサンセットを見にプノン・バケンへ。もう疲労でクタクタなところでかなりの山道を歩かされました。しかもなんとプノン・バケンには行列ができちょった。入場制限があるらしく、一回に300人しか入れないらしかった。結果的に1時間くらいまたされて、中に入ったころには太陽も沈みかけてました。ほんとギリギリセーフやった。

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がんばった甲斐あってこっからの景色はほんとに絶景やった。間違いなく今日一の景色。地平線に落ちていく夕日をみたのは人生初。天気も良くて、最高のサンセットが見れました。もはや未練はなし。

そのあとは一緒にアンコール・ワットを巡った3人で食事へ。

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記念写真。写真越しに見ても顔が赤くなってます笑

というわけで、アンコール・ワット観光終了です!どっちかというとアンコール・ワットの歴史性とかよりもその絶景がほんとに楽しめた!かなりハードやったけど大満足の1日でした。

今日はこの後ベンメリアへ向かいます。旅で出会った日本人の方は口をそろえて「アンコールワットよりベンメリアがよかった」って言ってたので期待大です!それではまた!

最後の目的地 シェムリアップ

こんばんは!今日のうちに2記事まとめて書いておくことにしました!こないだサボったツケをここで払います笑

プノンペンから7時間ほど、バスでシェムリアップまでやってきました。

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プノンペンで有名なバス会社、「Capitol Bus」を利用しました。観光者向けのオフィスと地元の人向けのオフィスが隣接しちゅうがやけど、後者の方がバスの数も多いしちょっとだけ安くすみます。しかも乗るバスは清潔で日本のものとほとんど変わらないし、安く移動したいなら断然ここがおすすめ。料金は7.5$です。

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この日はカンボジアの祝日(お盆?か何か)らしく、帰省ラッシュでバスオフィスが人でごった返してました。バスも遅れまくって、7時半発のバスは8時半に出発しよった。自分が乗ったバスは8時半発のバス。これも1時間遅れで発車しました。

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バスの中からはこんな感じで地平線が見えたり、カンボジア特有の高床式住居が見れたりしました。

到着したのは16時ごろ。予約しておいたホテルに向かいました。この日泊まるホテルは、ホーチミンで高橋さんにオススメされたブティークドミトリー高知家。調べてみるとオーナーの人が高知県出身らしくて、絶対にここに泊まることを決意してました。

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このホテルの良いところは料金が安いことと立地がいいこと。一泊4$だし、アンコールワットに行くためのパーティを日本人どうしで組む仲立ちをしてくれて、1人で行くよりも安くトゥクトゥクで移動することができます。

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シェムリアップは意外と観光業が発達してて、中でも有名なのがこのパブストリート。ここまで歩いて3分くらいの親佐なのもこの宿の良いところです。僕は明日いっしょにシェムリアップに行くことになった大阪市立大学の2年生2人とパブストリートにご飯を食べにいくことになりました。

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レッドピアノっていうわりと有名なお店に入って名物であるカクテルのトゥームレイダーカンボジアンカレーを頼みました。なんか店員さんがベルを鳴らしながら来たと思ったら、なんとトゥームレイダーをサービスしてくれるらしい!結構高かったき安心しました。カレーの味はタイで食べたカレーと似たような味で美味しかったです!カンボジア料理では胡椒が有名らしく、胡椒が入った料理を食べればいいいいかもしれないですね。

というわけでこの日は終了です。明日はアンコールワットへ!いよいよ旅も終盤です!残り少ない日数、精いっぱい楽しんできます!ではまた!チャオ!

カンボジア内戦による負の遺産 キリング・フィールド

こんばんは!昨日はホーチミンを出発して国際バスで約7時間ほど、カンボジアの首都、プノンペンに到着しました。

カンボジアは確かに「貧しい国」っていう印象が強いけど、プノンペンはかなり発展した都会やった。それでもタイ、ベトナムに比べれば貧しい国やなーってのは感じたし、治安も他国よりは悪いらしい。カンボジアではビザ発給にかかる値段やアンコールワットの入場料が値上がりしていて、もしかしたらそれも国の収入を上げるためなんやろうかなーって思った。アンコールワットとか東南アジアの国じゃありえんくらい入場料高いもん。

この日のスケジュールはわりとハードで、14時くらいに到着したらすぐにキリング・フィールドとトゥールスレン虐殺博物館に行く予定やった。ちなみにこの2つもかなり入場料高いです。

この日の話に移る前にカンボジア内戦について軽くまとめておきます。カンボジア内戦も元はといえば、ベトナム戦争と同じように冷戦に巻き込まれて、アメリカの介入によって起こった戦争でした。カンボジアは第二次世界対戦後にフランスから王国として独立してたんやけど、アメリカの支援するロン・ノル政権によってシハヌーク王が追放されます。それに対立して反米共産勢力のポル・ポトが率いるクメール・ルージュシハヌークの旧政府軍による三つ巴の内戦に発展していきます。

アメリカ国内のいざこざから、最終的にロン・ノル政権は追放されて、ポル・ポト政権が国を治めるようになります。

ポル・ポトはあまりにも捻じ曲がった理想を抱いていて、簡単に言えば、国民全員に農業をさせ、通貨を廃止させるなどして、原始共産制を目指すというようなものです。世界史上、自国民を最も多く殺した人間を3人挙げよ、と言われたらスターリン毛沢東ポル・ポトの3人の共産主義者が挙がるらしいですけど、その中で言ってもポル・ポトはあまりにも異常。言い方は悪いけど、ポル・ポトのしたことを考えればヒトラーが可愛らしく感じられます。

カンボジア人(クメール人)は「クメールの微笑」っていう言葉があるくらい温厚で控えめな性格の国民性なんですけど、ポル・ポト政権下では約300万人の国民、当時の人口の約3分の1ほどが殺されたそうです。ポル・ポト原始共産制に必要のない人間はほとんど無差別に殺されました。知識人は反乱を起こす可能性があるという理由で殺されます。中には眼鏡をかけている、腕時計をしているという理由だけで知識人とみなされて殺された人もいたそうです。それどころにとどまらず、ただ顔立ちが良いという理由だけで殺された人もいるぐらいだからその異常さは底知れないです。クメール・ルージュの兵士は全員14歳以下の子供で、ポル・ポトに洗脳されていました。ポル・ポトから解放された時、なんと人口の85%は14歳以下だったそうです。

さらに恐ろしいのが、このような虐殺が行われていることに世界が気づかなかったという点です。カンボジアのジャーナリストたちはもちろん殺されて、ポル・ポトによって徹底的に情報統制されたからでした。さらに亡命した人たちの証言を誰も信用しなかったといこともあります。

最終的にはベトナムの侵攻により、ポル・ポトの建国した民主カンプチアは崩壊するのですが、これによって中越戦争が起こったりして東南アジアはめちゃくちゃになります。その後シハヌーク王が復位して、国連保護のもと新たなスタートを切っていきました。

かなり長くなりましたけど、ここから実際に訪れたキリング・フィールドの話に移っていきます。プノンペン中心部からトゥクトゥクで1時間ほど、キリング・フィールドに到着しました。道中ではやはりスラム街も多く、生活水準が低そうな家もたくさん見受けられました。今まで4つの国を訪れたけど、田舎の方よりも中心部から少し離れた地域の方がよっぽど貧しそうな暮らしをしているというのはどこの国も同じ。ゴミが多いからそう見えるだけかもしれんけど。

キリング・フィールドでは、中に入るときに日本語ガイドが聞けるオーディオを無料でもらえて、このガイドを聞きながら内部を巡ることができます。中は、昔ここで処刑が繰り広げられたとは考えられないくらいのどかで静かな場所でした。中にいる誰もが真剣な面持ちでガイドを聞きながら歩いていて、誰も言葉を発する人はいませんでした。

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中に入ってまず目に入るのが慰霊塔。この中にはおびただしい数の頭蓋骨が安置されています。写真に写っているのはほんの一握りです。中には陥没した頭蓋骨も多く、どういった殺され方をしたのか想像がつきました。 f:id:laugh-maker645:20170919031809j:plain 中ではいくつもの穴が見受けられますが、これは全部墓地だそうです。中には人骨や衣服が残っている墓地もありました。 処刑は銃弾を買うお金がないという理由から、ハンマーやクワ、ナタなどが使われたそうです。 f:id:laugh-maker645:20170919032117j:plain これは砂糖ヤシの木で、この木の皮はとても鋭利で、本来鶏の首を切るのに使用されていたようなのですが、この時には人の首を切るために使われました。 f:id:laugh-maker645:20170919032337j:plain 一番キツかったのがこのキリング・ツリーのガイドを聞いた時。この木が見つかった時、なぜかこの木は血まみれだったそうです。なんとこの木は赤ん坊を殺すために使用された木で、この木に赤ん坊の頭を殴りつけて殺したそうです。それも母親の目の前で。この木は発見当時、おびただしいほどの髪の毛や脳みそが付着していたそうです。 キリング・フィールドを一周した後は、トゥールスレン虐殺博物館を訪れました。トゥクトゥクの運転手さんもよく見れば50、60代くらいの人で、この人も生き残った3分の2なのだと考えるとつらかった。 この博物館は昔使われた収容所で、無機質な監獄が並んでいました。 排泄も監獄の小さな部屋の中でさせられたらしい。写真撮影は禁止だったので写真はなしです。ここには他にも収容されていた人の写真、拷問の様子の絵、実際に使われた拷問器具などが展示されていて、正直、早くここから出たいという気持ちでいっぱいになりました。 以上がこの日見たカンボジア負の遺産ベトナム戦争とは違って、明らかな残虐性を持った虐殺を知り、同じ人間にここまでのことができるのかという、人間に対する底知れない恐怖を抱きました。でもやっぱりこの事実を知らないまま生きていくよりも、少しだけでも知れて良かったのかもしれないです。 ここからはバサっと切り替えて明るい話題に移ります!この日はどうしても報告したいことがあります!昨日の記事で書いた、同じ塾の先輩、卓球さんですが、なんとブログを確認したところプノンペンに到着しているそうでした。急いで連絡を取ってみると夕食に誘ってくれました。塾の先生である上田先生にこのことを言ったら、「イッツァスモールワールドやね笑」って言われました笑 確かに笑 でもバックパッカーの中では、ある都市で出会った人にまた別の都市で会うようなことはよくあることだそうです。思い返せば、バンコクで泊まったロングラックゲストハウスでもエクアドルで出会って7年ぶりにバンコクで再開した人たちもいました。昨日といいその前日といい、世界って意外と狭いかもって思えるようなことをいくつも経験してしまった笑 というわけでこの日は卓球部さんに夕食をおごっていただきました!今までほとんど話したことはなくて、自分の兄と仲が良いってことが最大の共通点やったんですけど、この時はいろんな話で盛り上がりました。ほんとに楽しかった!卓球部さんは自転車でバンコクからホーチミンを旅をしている、自分からしたら信じられない方です。 http://www.takeuchi.site/ こちらが卓球部さんのブログなんで良かったらぜひご覧ください!ホーチミンまであと少し、ラストスパートらしいです。がんばれ! といことで次はついに旅の最終目的地、シェムリアップです。気づけばもう帰国まで1週間切ってます。ではまた!チャオ!

ベトナム戦争の記憶 クチ

こんにちは!更新を二日分サボっちゃいましたけど、これには深い理由があります。ただホテルに帰るのが遅かっただけやけど笑

先に言っておくと、16日はあまりにも色んなことが起こりすぎて、確実に全て書ききることはできないです。なのでザーッとこの日のことを要約しながら書いていきます。

まず僕が訪れたのがベトナム戦争証跡博物館。ここにはベトナム戦争で使われた武器、ジャーナリストの写真、ベトナム戦争の経緯を簡単に説明する展示などがあります。ベトナム戦争について知りたいなら、ここに来れば全部理解できる!

先にベトナム戦争についてちょっとだけ説明しておきます。フランス領だったベトナム第二次世界大戦中に日本軍が占領します。日本軍が降伏した後はホーチミンって人が独立をめざしたんやけど、フランスが介入して、ベトナム南部に傀儡政権を作ります。この時に起こった戦争が第一次インドシナ戦争

この戦争でフランスが敗北して、ベトナムがついに独立すると思いきや、、、ジュネーブ協定により北緯17度線を境にベトナムは分断されます。南ベトナムにはアメリカの傀儡政権であるベトナム共和国が誕生。それに対抗して北ベトナムでは南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が組織されます。時のアメリカ大統領、ジョン.F.ケネデイはドミノ理論ベトナム共産主義化すると、その影響で他の東南アジア諸国まで共産主義化してしまうという理論)を掲げて南ベトナムを支援することに。その後、トンキン湾事件を機にアメリカは本格的に軍事介入を始めていきます。こうして始まったのがベトナム戦争です。この戦争はアメリカが敗北した唯一の戦争で、その後のアメリカ衰退の最大の原因となります。

まだまだベトナム戦争については説明が足らんやろうけど後は自分で調べてください笑

というわけで博物館の話に移っていきます。

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博物館の入り口にはアメリカ軍が使用した爆撃機、戦車などが展示されてました。

博物館内には、多くのジャーナリストによって撮影された写真も展示されてます。

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一番上の写真はあまりにも有名な沢田教一さんの写真。これ以外にも、このブログには載せられないような写真はたくさんありました。アメリカの国益のために行われた戦争。戦争はいつだって戦場で戦っている当事者の意志とは関係なしに、国家がただ国益のために始めるもの。ベトナム兵は自分たちの意志で戦場に赴いたかもしれんけど、とにかくこの戦争が両軍の兵士に深い傷を負わせたのが分かります。

アメリカ軍は、解放軍のゲリラ攻撃に対抗するために焦土作戦枯葉剤を駆使していきました。特にひどいのは枯葉剤。三枚目の写真は枯葉剤によって枯死したマングローブ林です。ここに立っている男の子は枯葉剤の影響で脳神経がおかしくなり、この後長くは生きられなかったそうです。枯葉剤の影響で生まれてくる

奇形児の写真はかなり精神的にくるものがありました。体がつながって生まれてきたベトちゃんとドクちゃんが有名ですけど、博物館内にはその何倍も悲惨な写真があります。不謹慎な言葉かもしれないけど、あえてその時感じた率直な感想を述べると、同じ人間とは思えないような人々の写真ばかりでした。

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最後に訪れた場所では、世界で巻き起こったベトナム戦争反戦運動の記録が残されていました。上の写真はフラワーチルドレンと呼ばれる、アメリカの若者たちが起こした反戦運動の写真。

そして驚いたのがその下の写真。この部屋は「特別展示室」という表記になっていて、何が展示されてるのかなーって思いながら入ったら、この部屋には日本で起こされた反戦運動の記録だけが展示されてました。実はこの部屋にくる前から、博物館内には日本と深くつながりの深いものが多かったのには気づいていました。ベトナム戦争のジャーナリストにも日本人はかなり多かったし、日本から寄贈されたベンチなどが置かれていたり。

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このような写真も多く飾られていました。ベトナム戦争からの復興に日本が大きく関わってたんだなー。明らかに日本は特別扱いされていて、ちょっとだけ日本人としてうれしくなりました。

小学校のころに修学旅行で原爆資料館に行ったけど、あれから6、7年経った今も感想はあんまり変わらんかもしれん。でもあの時ただ感じたような底知れない恐怖よりも悲しさのほうが強かったような気がする。こういう場所は決して楽しい場所ではないんやけど、それでもやっぱり一回は訪れてみんといかん気がする。

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その後に訪れたのがクチ。ここには解放軍が利用したクチ地下トンネルの中に入れたり、どのようにしてゲリラ攻撃を行なっていたのかが分かります。この写真は実際のサイズのトンネルの入り口。自分も入ってみたんやけど信じられんくらい狭かった。雨が降っていたのもあって湿気と暑さと暗さが酷い。こんなところで戦争していたのか思うとすごい。

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これは解放軍によるトラップです。落ちたら確実に串刺し。こういうの見てるとベトナムがアメリカに勝利した理由が分かる気がする。

あとは戦車に乗ってみたりすることもできました。実際行われた戦争がどういうものやったのかを知れるのがクチ。射撃場もあって、クチに着いた時から銃声が鳴り響きよったんやけど、自分たちは雨が強くなったせいで射撃できませんでした。

ちょっと短いけどクチはこんな感じ。以上2つの場所からベトナム戦争の記憶をたどって行った1日でした。

その後は同じドミトリーで一緒にクチに行った韓国人の大学生と前日出会った女の子とご飯を食べに行きました。奇跡が起こったのはその後ホテルに戻ってから。まさかの同じ部屋にルアンパバーンの象使いツアーで出会った高橋さんに再開しました!高橋さんは脱サラして世界一周中らしく、ルアンパバーンから南下してカンボジアに行き、ベトナムを北上すると言っていたので、どこかですれ違うやろうねーって2人で話しよったがやけどまさかこんなところで再開するとは!さらにもう1人、同期の男子にも出会いました。自分が高知県出身やって言ったら、シェムリアップ高知県民に会ったって言ってて、話を聞いてみると自転車でプノンペンを目指してるらしい。この時ほんとにビックリしたんやけど、この人僕の知り合いです笑 同じ塾の先輩でした。卓球部さん、またの名をボラギだけさんというんですけど、東南アジアを自転車で旅するという話だけは知ってた。でもまさかこんな形で噂を耳にするとは。次の日また奇跡が起こります。いろんな出会いに感動する1日でした。

それではまた!チャオ!

ベトナム最大の都市 ホーチミン

こんばんは!ホイアンから約24時間かけてホーチミンにやってきました!

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こっちで乗る夜行バスには、基本的にこういう感じでベッドになってるんで想像よりはキツくないです。狭いけど。

この日はバス移動だけでつまらんなーって思いよったがやけど、たまたま日本人の人にバスで会うことができました。それもなんと同い年で女子。たまーーに女子で一人旅しゆう人見るけど、まさか同学年でおるなんて、、、しかも親に嘘ついて海外一人旅してるらしいです笑

そのおかげで長いバス移動も、高校、大学の話で盛り上がって思ったより退屈じゃなかった!

ホーチミンに到着したのは午後6時半ごろ。そのあと2人でご飯を食べに行くことになりました。

全然知らんかったがやけど、ホーチミンは首都ハノイよりも都会です。でもハノイほどうるさくはないし、あんまり汚くもない。高層ビルが立ち並ぶような大都市で、オシャレな店が多い気がしました。

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ご飯を食べた後はナイトマーケットに行ってみることになりました。彼女がTシャツが欲しかったらしくていろんな露天を見て回ったがやけど、これがめっちゃ面白かった!Tシャツ1枚300円くらいで売ってる店があれば、その5メートル先には1万円で売ってる店が普通にあります。ホーチミンのナイトマーケットの人たちはみんな日本語がちょっと喋れたりします。僕たちが日本人やと分かったとたんにぼったくってくる人ばっかなんで要注意です。しかも店から出ようとすると体を掴んできて無理にでも買わせようとしてきます。日本人そうとう舐められてます笑 結局その店は最初Tシャツ1枚5000円で売ってきたんですけど、最終的に250円で買えました。店員のおばちゃんに100万ドン(約5000円)って打たれた電卓を4万ドン(約200円)って打って返したら、"You BAKA!! BAKA!!"ってめっちゃ罵倒されて面白かった笑 でもそれが結局5万ドンで買えるがやきどっちがバカやねんって思うけど笑

ナイトマーケット行ったらぜひ値切り交渉やってみてください。旅の醍醐味の一つです!

明日はベトナム戦争について知るために、ベトナム戦争証跡博物館とクチトンネルに行ってみます!ホーチミン最大の目的はベトナム戦争について学んでくること。何か少しでも感じて帰ってこれたらなー。

ではまた明日!チャオ!

チャンパー王国とミーソン遺跡

こんにちは!今日は午後5時半のオープンバスに乗ってホーチミンまでのバス移動が続くので早めの更新です。前回6時半のバスって言ってましたけど、あれ間違いでした。

ミーソン遺跡へのツアーは、ミーソン遺跡でサンセットかサンライズを見るツアーが人気っぽい。まあそもそもミーソン遺跡自体そんなに人気の観光地ではないっぽいけど。自分は時間の都合で日の出を見る方を選びました。朝4時半に集合でそこから1時間くらいかけて遺跡までバス移動やった。なんか5、60人乗れそうな大型バスが手配されちょったがやけど、まさかのツアー参加者5人やった。値段は入場料も含めると45万ドン(約2200円)。

あんまりツアーばっかに頼るのも良くないかなーって思いよったけど、今回はほんとにツアーでよかった!って思えた。その理由は英語ガイドの存在。正直このガイドの人がおらんかったら何もなく終わっちょった気がする。もちろん自分は英語を聞くのも話すのもほとんど出来んがやけど、こういうツアーの英語ガイドの人が喋る英語はめっちゃ分かりやすい。ジェスチャーを交えながら、ゆっくりとハキハキした英語を喋ってくれるので、話の半分くらいは理解できます。やっぱり海外旅行しながら英語の勉強したい人は、こういう遺跡なんかの英語ガイド付きツアーに参加するのがいいと思う。それに、1人で来ても絶対に気づかないような遺跡の詳細が聞けて面白い。

というわけでこっからは全部その英語ガイドさんからの受けおりです。まあ間違って聞き取っちゃってる内容もあると思うんで悪しからず。

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ミーソン遺跡は古代チャンパー王国の聖域。それもヒンドゥー教の聖域です。だから今までの仏教寺院とは一味違うかった。

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まずは建物のレンガの説明から受けました。上の方のちょっと黒みがかったレンガが、チャンパー王国で約800年ほど前に作られたものです。逆に下の方のオレンジのキレイなレンガは20年ほど前に作られたもの。

下の方のレンガは修復のために作られたって言いよったような気がする。チャンパー王国の技術を表しちゅうのは、レンガとレンガの間の隙間が全くないとこらしい。たしかに何か頑丈そうな感じがする。

遺跡には2種類の建物があって、1つは"Tower"もう1つは"Temple"らしい。この2つには明確な違いがあって、前者は王様が生活したりできる場所で、後者は儀式を行う場所、っていう風に役割が全然違います。だから前者には窓が作られちゅうけど、後者には窓が1つもないです。

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"Temple"の内の1つの中に入ってみました。中はほんとに真っ暗。中には祭壇があったんやけど、暗くて写真に写らんかったき、外にある似たような祭壇を後で載せます。

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中から入り口の方を見ると、対角にまた建物が見えました。手前側に見えるのは天国への門らしい。その奥にあるのがシヴァ神を祀る建物?的な感じの説明やった気がする。これらの建物は方角もちゃんと計算して作られちょって、東西方向に並んでます。太陽光が入り口から中に入って明るい時と暗い時がある。

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中にあった祭壇はこれに似たもの。この上から水を注ぐらしい。王と女王がこの祭壇を挟むように立って、水を注ぐと、手前の出っ張った部分から水が流れます。ちなみにこの出っ張りの部分は必ず北を向いているそうです。なぜなら北は風水的な意味で良い方角やから。その理由はインドから来てて、インドの川の水源が北にあるから、みたいなこと言いよった気がするけど自信はない。

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これはシヴァ神の像で、男性であり女性でもあるそうです。なんかヒンドゥー教にもいろんな説があって、この遺跡の中でもシヴァは男性やったり女性やったりしました。頭がないのはフランス軍が占領した時に略奪されたからです。理由はアユタヤ遺跡の時と同じ。

胸にうっすらと見えるのが、シヴァの操る蛇、ナーガです。ちなみにシヴァが操るもう一頭の動物は象、ガネーシャです。蛇と象がヒンドゥー教で神聖とされる動物らしい。

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これは遺跡で倒れていた柱。ちょっと遺跡の雰囲気と違うなーって思いよったら、これはパルテノン神殿とかの、西洋の建築技術を取り入れたものらしい。これはホイアンが海のシルクロードの中継地やったからこその産物。

ちなみに遺跡にある巨大な石は象か水牛に運ばせたそうです。

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これは「リンガ」って呼ばれる男性器の象徴。何かよく分からんけど、リンガは3つに分かれてて、上からシヴァ神ヴィシュヌ神ブラフマー神のものらしい。

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これはさっき言った"Temple"の方ではなく"Tower"の方。ちゃんと窓が作られてます。窓の三本の柱はヒンドゥー教三大神を表してます。ヒンドゥー教関連で「3」に関連するものを見つけたらだいたいそういうこと。

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この建物はベトナム戦争時にアメリカの空爆で破壊されたものです。ミーソン遺跡はベトナム戦争時に、解放軍が基地として利用したため、アメリカの空爆の標的になったそうです。だからほとんどの建物はぶっ壊れてます。所々に銃弾の跡もあって戦争の傷跡が残っているのが分かります。

、、、とまあこんな感じで1つ1つ解説していけばキリがないのでこの辺にしときます。ミーソン遺跡は今まで訪れた遺跡の中では一番地味やったけど、英語ガイドのおかげで一番深く知ることができた遺跡やった。正直、期待はしてなかったけど行ってみるもんやね。

というわけで今日からホーチミンに向けて出発します。たぶん明日の夜には到着しちゅうやろーなー、、、たぶん。ではまた明日!

夜は短し歩けよホイアン

諸君、異論があるか。あればことごとく却下だ。こんばんは。小説のタイトルをパロディにするの好きなんやけど、もはやネタ切れ寸前です。ただ言いたいだけになっとる。

今日は自転車に乗ってホイアンの町を散策してきました!まず訪れたのがタンハー村。この村は陶磁器で有名らしくて、村では陶磁器作りも体験できるらしい。ホイアン中心部から3キロほど。意外と近い。ツアーに参加していくのが普通なんやろうけど、とりあえず自転車で行ってみた。

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道中の景色は結構キレイやった。天気も良かったし、夏の田舎道って感じ。ただくそ暑いのと砂埃がすごいのがキツかった。ベトナム人ってみんなマスクしちゅうけど、その理由はバイクの排気ガスとか砂埃とかで空気が悪いきながやろーな。

タンハー村の近くに到着すると、なんか変な建物を見つけた。

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レンガ造りの建物で、オレンジいろの建造物ばっか。中に入ってみると、どうやらここは、タンハー村で作られた陶芸品と、この地でかつて出土した土器なんかを展示してる場所らしかった。

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正直、こういう美術館、博物館みたいな類の場所に来て何かを感じられるほどの芸術センスはないがやけど、こんなに昔から同じ陶磁器作りが続けられてるんやなーって思うとちょっと不思議。

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一番すげーってなったのが陶磁器でつくられた世界遺産の建造物。建物の中もしっかり作られてて、この技術には衝撃。

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ちゃんと日本の世界遺産もあります。

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そういえばこっちで「見ざる、聞かざる、言わざる」のポーズをとった像とかよく見るがやけど仏教関連のことながやろうか。

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その後はすぐ近くのタンハー村を訪れてみました。村中こんな風に陶器を販売してしてる場所がたくさんあります。

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こんな感じで陶器作りも体験できました。店の人の写真やけど。体験だけなら無料でやらせてくれた。作ったところで形を崩さずに持って帰る手段がなかったし、固まった頃に取りに戻るのも面倒やったき作品は放置して帰りました。言ってしまえばあれくらいなら日本でもやれた笑

その後はホイアン中心部に戻ってお昼を食べました。

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この料理がカオラウと並ぶ、ホイアン3大料理のうちの2つ、揚げワンタンとホワイトローズです。上が揚げワンタンね。どっちも美味しかったけどカオラウほどではなかったなー。コスパ込みでやっぱカオラウが最強。

それからはホイアンの町を散歩したり、チェーを食べたり、特にこれといったことはしませんでした。

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そしてホイアンで見る2度目の夕焼け。やっぱすごい。

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夜のホイアンはやっぱり信じられないくらい綺麗。いつまでも歩き続けられそう。今まで訪れたどこの町の雰囲気とも異なります。東南アジアでこういう場所はなかなかないやろーな。

というわけでホイアン2日目終了です。あんまし何もできんかったけど笑

明日はホイアン郊外にあるミーソン遺跡で朝日を拝みに行きます。その後は午後6時半発のオープンバスでホーチミンまで。ほぼ1日かけてのバス移動。ホーチミンには絶対訪れたい場所が1つあるし、なんとかスケジュールを早めつつ頑張りたいです。それではまた明日!チャオ!